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故郷のさくらの季節に

2018.04.13

兄は4月1日に旅立ちました。

何と新潟は10日位も早く桜が咲きました。

昔は桜で有名な加治川の辺を歩いて通学したり、学校でも桜の絵描き大会があったりして

桜と言えばその桜しか頭に浮かばないほどわたしの脳裡に焼き付いている桜です。

飯豊連峰を背景にした桜並木は、加治川の水害に合って伐採され、あのみごたなまでに威容を

保っていた桜の面影はありませんが、今の桜も十分見ごたえのある枝ぶりに成長していました。

 

姉が兄の葬儀のお伽の席でこんな桜にまつわる話をしてくれました。

「私はね。この桜の季節が好きじゃなかったの。観光バスが何台も通って、土煙がもうもうとして上がるのも嫌だったし、

それに、お父さんが桜にかこつけて酔っぱらうからその姿を見るのが本当に嫌だった・・」

そうだったんだ。私はただ懐かしく、描いた絵まで覚えていて郷愁しかなかったのに、

長女の姉と私とではこんなに感じ方も違うのだなと改めて感じていました。


兄もこの道は通って学校へ通ったはずです。兄はどんな思いでこの道を通ったのだったろうか?

今頃は千の風に乗ってあの桜道も懐かしく上から眺めたことでしょう!

ほんとうに身軽になって。


棺に収めるため、甥と姪と私は兄に手紙を書きました。

甥の手紙を見ると「お父さんの長男として生まれて幸せでした。ありがとう」

とあって、介護でいっぱいお世話になった兄はそれを迷惑とも思わないで感謝してくれた甥に

どんなにか救われたことだろうと思いました。


葬儀が終わって、わたしは姉の家の庭の整地を手伝っていました。

ふと気づくとかわいい小鳥がわたしの傍の小さな木に止まってさえずっています。

わたしも、口笛で応酬しました。小鳥は飛び立っていくでもなく、暫くわたしの付近のあちこちの木に

止まったりして離れようとしませんでした。

ふと、兄かなと思いました。

「何をしているんだ」と小鳥の姿になって私の前に現れたような気がしました。


死はなく、兄自身は永遠に生きているのを私に示してくれたように思いました。

肉体の縛りから解放され、身軽になった兄!

良かったね。いっぱいそぎ落として逝ったんだね。

桜の季節には兄を思うでしょう。

兄の冥福をただ祈りつつ。

 

 

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